東京高等裁判所 昭和29年(う)445号 判決
被告人 斎藤虎治郎
〔抄 録〕
一、弁護人A他二名名義の控訴趣意一について。
論旨は、原審裁判所はその公判廷において取り調べた証人の証言を全部採用せず少数の証人の副検事に対する公判前の供述調書を採つて事実を認定している。証拠の取捨選択は裁判官の自由に委されているのであるから右の事実のみを以つて直ちにその当不当を速断することはできないが、二十人近い公判廷での証人尋問の結果を全然無視し、検事調書のみに依存したことは自由の限界を逸脱していると主張する。
被告人、証人等の捜査官に対する供述とそれらの者の公判廷における供述とが相反する場合、そのいずれをより真実と認めいずれをより多く措信するかは、裁判官に課せられた重い任務であつて、一つに裁判官の英智と苦心を要するところのものであり、かつその評価はひとえに裁判官の正義感と良心の発露に基くべきものであると共に条理又は実験則の法則に合致するところのものでなければならないのである。これが自由心証主義の根本をなすものである。この自由はあくまで真実発見のため他から制限を受けない意味の自由であつて、かりそめにも専恣安易を許す自由であつてはならないものであることは言を俟たない。この裁判官の正義感と良心によつて具体的事件に則していずれの証拠を排斥するかという評価がなされ、それが条理又は実験則に反しない限り、公判廷における被告人及び証人の供述を全部排斥し、これと相反する内容の警察員、検察官作成の供述調書のみを採用しても、何ら自由心証の原則に反するものということを得ない。本件記録に徹すれば、原裁判所は合計十八名の証人を公判廷において取り調べながら、その供述を全部排斥し、そのうち五名の検察官に対する供述調書を証拠として採用し事実を認定したことは明らかであるが、原裁判所は正義感と良心とに基き採証したものであることが窺えるから、前記理由により原裁判所のこの措置を以つて自由心証主義の限界を逸脱したものということを得ない。記録を調査するも原判決の採証、認定には何ら条理又は経験則に反するところのものはない。論旨は理由がない。
二、弁護人A外二名名義の控訴趣意五、六中公民権に関する論旨について。
公民権は憲法によつて保障された国民の重大な基本的人権であるから、その停止、剥奪は慎重を期せねばならないことは所論を俟つまでもないところである。公職選挙法第二百五十二条第一項は、同条項所定の選挙に関する特定の犯罪のため罰金以上の刑に処せられた者の反社会的性格に対する考慮から正義及び合目的性の要請に基き、選挙の公正を保持するため一定の期間選挙権及び被選挙権を停止する旨を定めたものであるからこれを停止するや否やは、前記目的のため当該違反行為の態様或は違反者の経歴、社会的、政治的境遇地位その他諸般の情状を総合して各具体的事件につき深甚の考慮の下にこれを決定すべきものであることは当然である。本件記録に現われた被告人の本件違反行為をなすに至つた動機、態様、犯行後の情状更に被告人の経歴、社会的政治的境遇、地位その他あらゆる情状を総合すれば、被告人に対しては前記法条に規定する選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用せず若しくはその期間を短縮する旨の宣告をしないのを相当と認められる。原判決がこれと同一の措置に出たのは相当であつて、何らの違法あることなく又いささかも正義に反するものではない。所論は各具体的事件の観察によらず単なる数字を羅列した割合を示したものに過ぎず、これを以つて原判決を非難するは適切でない。論旨は理由がない。